OPテーマ曲「猫の目の選択」
作詞作曲:Rii2 歌:久遠(SUNOR)
第5章 兄弟子は魚のにおい(トワ視点)
旅は、三日かかった。
クオンの描いてくれた地図は、ひどいものだった。山がみっつ、川がいっぽん、あとは大きな魚の絵がどんと描いてあるだけ。
「これ、地図じゃないニャ。献立だニャ」
「……いえ。合ってますニャ」
三日目の昼、川沿いの道で、セツナがぴたりと足を止めた。鼻先が、ひくひくと動いた。
「この風の先に——とても、いい魚がいますニャ」
風の先には、庵があった。川にせり出すように建った小さな庵で、軒先には、干した魚が旗のようにずらりと吊るされていた。
「ここ、天国かニャ」
「ようこそ」
声がした。庵の戸口に、大きな猫の忍がひとり、立っていた。
「ようこそ」
声がした。川の岩の上に、同じ猫の忍が、立っていた。
「ようこそ」
声がした。屋根の上にも、同じ猫の忍が、立っていた。
トワは三べん見くらべて、それから誇らしげに胸を張った。
「わかったニャ! 三つ子だニャ!」
三人の忍は、同時に、まったく同じ顔で笑った。そして同時に、ぽん、と煙になって消えた。
「——はずれだ」
四人目の声は、ふたりの真後ろから降ってきた。いつのまにそこにいたのか、セツナにすら、まるでわからなかった。
「影分身の術。おれの十八番だ。——おれが猫又。お前たちの、兄弟子ってことになるニャ」
猫又は腰の妖刀をどけて、どっかとあぐらをかいた。近くで見ると、笑った目尻がクオンにすこし似ていた。におい立つ魚の気配に、セツナの尾の先が、正直に揺れていた。
「師匠の文には『二匹、預ける』としか書いてなかったが——」猫又は、ふたりをためつすがめつ見た。「なるほどな。たしかに、妙なやつらだ」
*
最初の数日、猫又はなにも教えなかった。めしを食わせ、寝かせ、ふたりが遊ぶのを、あくびをしながら眺めているだけだった。
(ちなみにめしは魚づくしで、白身の焼き魚をめぐるセツナと猫又の静かな攻防は、初日の晩からはじまった。「……お前、いい目をしてるな」「兄弟子こそ、いい箸さばきですニャ」)
四日目の朝、猫又はだしぬけに言った。
「だいたいわかった。お前たちは、二匹で一匹だろ」
トワとセツナは、顔を見あわせた。
「ほめてんだよ。だがな——なら、一匹ずつでも立てるようになりな。それが、ここの修行だ」
そして猫又は、ふたりを引き離した。
トワには、釣り竿を持たせた。「動くな。追うな。魚が来るまで、待て」。それだけ言って、川岸にひとりで座らせた。
セツナには、木刀を持たせた。「考えるな。数えるな。おれが瞬きしたら、踏み込め」。それだけ言って、庭にひとりで立たせた。
トワにとって「待つ」は、世界でいちばん苦手なことだった。
セツナにとって「考えずに飛ぶ」は、世界でいちばん怖いことだった。
その夜、別々の部屋に寝かされたふたりが、夜中にこっそり同じ布団に集まっているのを見て、猫又は声を出さずに笑った。翌朝も引き離し、その夜もふたりは集まった。猫又は毎晩それを見て、毎晩、なにも言わなかった。
*
ひと月がたった。
トワは、半日座って、魚を一匹釣りあげられるようになっていた。
セツナは、考える前に、最初のひと足が出るようになっていた。
ふた月めのある朝、猫又は焼き魚をくわえたまま、こともなげに言った。
「そろそろ、卒業試験といくか」
ふたりの背すじが、ぴんと伸びた。猫又のうしろで、大きな尾が、ゆらりと——ふたつに、割れた。
「——二尾の試験だ」
第6章 二尾の試験(セツナ視点)
試験のおきては、こうだった。
——日暮れまでに、影分身の中から猫又の本体を見つけだし、ふたり同時に、その影を踏むこと。
「里じゅう、どこへ隠れてもありだ。分身は踏めば消えるが、本体はべつだ。——まあ、せいぜい励みな」
言い終わるか終わらないかのうちに、ぽぽぽん、と煙が弾けた。
庵の前に、屋根に、岩に、木の上に、川の中にすら——百をこえる猫又が、いっせいに現れて、いっせいにあくびをした。
「……これは」
「かたっぱしから踏むニャ!」
トワが飛んだ。直感のままに、いちばん「らしい」やつへ。——煙。はずれ。隣も、その隣も、煙、煙、煙。
セツナは動かなかった。胸の帳面を開いて、ひたすら見比べた。呼吸、重心、毛のつや。どれも完璧で、どれも同じだった。完璧に同じであることを確かめるうちに、陽は、かたむいた。
日暮れの鐘が、鳴った。
「——はい、そこまで」
百の猫又が、ひとつに戻って、笑った。
「トワ、八十二匹。よく踏んだ。ぜんぶはずれだ。セツナ、零匹。よく見た。一歩も出てねえ」
その夜、ふたりは、生まれてはじめて本気の喧嘩をした。
「セツナがとろいからだニャ! 見てるだけなら、いないのとおんなじだニャ!」
「トワが考えなしだからですニャ! 飛ぶだけなら、けものとおんなじですニャ!」
言ってはいけないことを、たぶん、おたがいに一個ずつ言った。べつべつの部屋で布団をかぶって、その夜はじめて、ふたりは集まらずに眠った——眠れなかった。
夜半すぎ、先に襖をあけたのは、トワだった。
「……セツナ。おきてるニャ」
「……寝てますニャ」
「あのニャ。トワ、ここに来てから、ずっと『待て』ってならってたニャ」
布団の中で、セツナの耳が、ぴくりと動いた。
「……ボクは、ずっと『先に飛べ』と、ならってましたニャ」
ふたりは、暗がりの中で顔を見あわせた。そして、ほとんど同時に気がついた。——兄弟子は最初から、今夜のこの瞬間のために、ふたりを引き離したのだ。
「なら、あしたは——ボクが、先に飛びますニャ」
「トワが、待つニャ」
*
二度目の試験の朝、最初に動いたのはセツナだった。
考えるな。数えるな。——ならった通りに、百の群れのまんなかへ、まっすぐ踏み込む。分身たちが躱し、乱れ、入りまじる。完璧に同じだった百匹が、動かされて、はじめてばらばらになる。
トワは、高い松の枝で、待っていた。
動くな。追うな。来るまで、待て。——煮えくり返る尻尾をおさえて、ただ、見た。見て、見て、見続けて——夕餉どきの風が、里の焼き魚のにおいを、ふわりと群れへ運んだとき。
百匹のうち、たった一匹だけ。
尾の先が、こらえきれずに、ぴくりとふたつに揺れた。
「——あれニャ!!」
セツナが飛んだ。トワが飛んだ。長くのびた夕暮れの影を、ふたつの小さな足が、同時に踏んだ。
「……まいった」
本体の猫又は、両前足をあげて、それはそれはうれしそうに笑った。
その晩は、宴だった。焼き魚が、ふたりの皿にも山と積まれた(セツナの皿には、白身がすこし多かった)。
「トワ」と、猫又は言った。「お前は、先に飛ぶ。だから道ができる。お前が飛ばなきゃ、あの群れは崩れなかった」
「セツナ。お前は、見てる。お前が見てるから、みんなが安心して飛べる。最後にあのぴくりを拾えるのは、待ってた目だけだ」
それから猫又は、ぐい、と杯をあけて、しみじみと言った。
「いい二匹だ。——いや。いい一匹だ、と言うべきかな」
トワは大いばりで、セツナはすました顔で、それぞれ尻尾だけが、正直にゆれていた。
*
ふたりが寝静まったあと、猫又はひとり、囲炉裏の前で筆をとった。
寝たふりのセツナの薄目に、その文面がちらりと映った。
『試験は上々。あれなら、どこに出しても食っていける。
——ところで師匠。あの二匹、ときどき、妙な時間の匂いがする。
あんた、なにか知ってるな?』
猫又は文を折りながら、めずらしく、笑っていない顔をしていた。
第7章 未来へ走る猫、今を抱く猫(トワ視点)
小屋に帰ると、クオンはふたりの顔を見て、それから何も聞かずに、茶を三つ淹れた。三つめの湯のみが置かれたとき、トワは、自分たちがもう客あつかいではないのだと、なんとなくわかった。
それからの季節は、いそがしかった。
迷子の子犬さがし(三匹目)。祭りの夜の見回り。屋根の修理(これは忍務ではない気もする)。塩屋の婆さまへの届けもの——婆さまはもう、ふたりが店先に立つと、なにも言わずに塩むすびをふたつ握ってくれるようになっていた。
仕事は、まわった。トワが先に飛び、セツナが見ている。セツナが先に飛び、トワが待っている。どちらでも、まわるようになっていた。
「ねえクオン、そろそろマフラーくれてもいいころだニャ」
「ニャハハ。まだじゃ」
「むー!」
そういう、なんでもない日々だった。
*
渡し場の村から文が来たのは、秋の彼岸のころだ。
『——妙なことが、つづいております』
行ってみると、たしかに妙だった。
朝顔が、咲いたはずの花を、翌朝にはまた蕾に戻している。婆が井戸から汲んだ水が、目をはなした隙に、桶から消えて井戸へ戻っている。寺の鐘が——これがいちばん妙だったのだが——撞かれる前に、聞こえる。
「まきもどってるニャ」
トワがつぶやくと、村の衆は、ぽかんとした。だれも、まきもどりには気づいていないのだ。気づかないまま、「なんだか今日は、昨日に似ているねえ」と首をかしげて暮らしている。
気づくのは、ふたりだけだった。
「……どうして、ボクたちだけ、わかるんですニャ」
セツナの問いに、トワは答えられなかった。ただ、腹の底のほうが、すうすうした。ずっとむかしに知っていた冷たさに、似ている気がした。
その夜、ふたりは村角に張りこんだ。
亥の刻をすぎたころ——世界が、しゃっくりをした。
音が、裏返る。提灯の火が、燃えさしから炎へ、すうっと若返る。落ちた枯葉が、枝へ舞いもどる。そして、辻の暗がりに。
——のっぺりと長い影が、立っていた。
かたちは、よくわからない。猫のようでもあり、ただの夜のようでもあった。それは「いる」というより「足りない」感じがした。そこだけ世界が、うすい。
目が、合った。……目があったのかどうかも、ほんとうはわからない。ただトワは、見られた、と思った。腹の底の冷たさが、きゅうと縮んだ。
瞬きひとつのあいだに、影は消えた。世界のしゃっくりも、止まっていた。
「……追えますかニャ」
「においが、ないニャ」
トワは、自分の声がすこし震えているのに気づいて、わざと大きく笑った。
「ま、つぎ会ったら、トワがとっちめてやるニャ!」
*
クオンに報せるため、ふたりは夜道を帰った。雨は、降っていなかった。三日前から、ひと粒も降っていなかった。
なのに。
「——トワ。とまってくださいニャ」
セツナの声で振り向くと、セツナは、道のまんなかにしゃがみこんで、じっと地面を見ていた。
ふたりの歩いてきた足あとが、月明かりに、点々とつづいている。トワの足あとと、セツナの足あと。なかよく、ならんで——
そのうちのひとつが、たったひとつだけ。
水たまりに落ちた墨みたいに、ふちから、じわりと滲んで——消えた。
「? なにかあったかニャ?」
トワには、見えていなかった。
セツナは、ながいこと、そこにしゃがんでいた。それから立ち上がって、いつものすました顔で言った。
「……なんでも、ないですニャ」
その言い方を、トワはどこかで聞いたことがある気がしたけれど、思い出せなかった。
第8章 ふたつの影(セツナ視点)
クオンは、留守だった。
『調べることがある。二、三日あける。火の始末をたのむのじゃ』
書き置きには、そうあった。セツナは、その「調べること」がなんなのか、聞けないままの帳面の頁を、そっとなでた。
まきもどりは、止まっていなかった。それどころか、渡し場の村だけだったものが、街道ぞいに、すこしずつ広がりはじめていた。
「クオンの帰りを待つべきですニャ」
「広がってからじゃ、おそいニャ」
こういうとき、先に飛ぶのがトワで——そして今は、セツナも、止めなかった。あの消えた足あとから、セツナの胸の帳面は、ずっと、ざわざわと鳴りやまないのだ。じっとしているほうが、こわかった。
*
夕暮れの村は、影が長い。
長すぎた。
辻をまがったとき、ふたりは、自分たちの影が、夕日と関係のない方角へのびていることに気づいた。のびた影の先が、ほどけて、ゆらいで——立ち上がった。
「——ッ、トワ!」
「見えてるニャ!」
それは、襲ってはこなかった。ただ、そこに「立って」いた。
ひとつは、大きな黒猫だった。
おとなになった、トワだった。すらりと背が高く、足どりに隙がなく、強い、とひと目でわかる。けれど——その目を見たとき、セツナの息が、止まった。
金色だった。
(——ちがう)
トワの目は、空色だ。うまれたときから、晴れた空をとじこめたような、あの色だ。なのに、目の前の「おとなのトワ」の目は、クオンの右目とおなじ、ふかい金色をしていた。
そして、もうひとつ。
その大きな黒猫のとなりに——だれも、いなかった。
セツナは、自分の場所がからっぽのまま立っている未来のかたちを、ただ、見た。
「……うニャあ。トワ、でっかくなるんだニャあ」
当のトワは、のんきな声をあげて、ためつすがめつ自分の影を見ている。目の色のちがいには、気づいていない。となりの空白にも。
もうひとつの影は、小さかった。
雨の夜の色をした、ちいさな白い子猫。濡れて、ふるえて、うずくまっている。——むかしの、セツナだった。
セツナは、動けなかった。見たくなかった。あんなに弱くて、あんなにこわがりで、トワの背中に隠れてばかりいた自分を、いちばん見たくないかたちで、突きつけられた気がした。
先に動いたのは、トワだった。
トワはその小さな影のまえに、ぽてぽてと歩いていって、しゃがんで、にっと笑った。
「だいじょうぶだニャ」
影には、声など届かない。それでもトワは、ちゃんと目を見て言った。
「おまえ、このあと、ちゃーんとつよくなるニャ。トワが知ってるニャ。——なんたって、トワの相棒だからニャ」
小さな影は、ふっと、ほどけて消えた。心なしか、消えるまえに、すこしだけ顔をあげた気がした。
セツナは、自分の喉の奥が熱くなるのをごまかすために、わざと事務的な声を出した。
「……トワのほうの影も、消えますニャ」
おとなのトワの影に、夕闇がさしはじめていた。セツナは、消えゆくその金色の目に向かって、聞こえないと知りながら、小さく言った。
「トワが、いつのだれでも——トワは、トワですニャ」
影は、消えた。
長すぎた影たちが、ただの夕暮れに戻った。
*
その夜、帰ってきたクオンに、ふたりはぜんぶ話した。まきもどりのこと。のっぺりした影のこと。ふたつの影のこと。(セツナは、金色の目のことだけ、なぜか言えなかった。帳面の、いちばん奥の頁に書いて、閉じた。)
クオンは、ながいこと黙っていた。それから、囲炉裏の火を見たまま、ぽつりと言った。
「——時喰い、というのじゃ」
「ときぐい?」
「生きられなかった時間の、成れの果てよ。咲かなかった花、行かれなかった旅、言えなかったことば。……そういうものの澱が、ながいながい年月のすえに、飢えて、かたちをもったもの。悪気はないのじゃ。ただ——腹が、減っておる」
「とっちめれば、いいニャ?」
「斬れるものでは、ないのじゃよ」
クオンの声は、しずかだった。しずかすぎた。トワはなんだか所在なくなって、ことさら元気に伸びをした。
「ま! なんとかなるニャ! ねるニャ! あしたも、はれるといいニ……」
——欠けた。
語尾が、ひと文字。すとん、と。
トワは気づかなかった。あくびのせいだと思ったのか、そのままころりと丸くなって、寝息を立てはじめた。
囲炉裏の火が、ぱちりと爆ぜた。
セツナは、聞いた。聞いてしまった。そして、向かいに座るクオンが、目を閉じて、なにかをこらえるように湯のみを握ったのも——見て、しまった。
第9章 凪の日々(トワ視点)
つぎの日は、なにもかもが、うまくいく日だった。
朝の的当ては、トワの十連勝(セツナは途中から本気を出していなかったが、トワは気づかなかったし、気づかないままでいさせてやるのが、セツナの本気だった)。
クオンの淹れた茶は、いつもよりあまく、朝めしの卵焼きは、いつもよりあつかった。
昼は、麓の村へ塩を買いにいった。
婆さまの店の壁には、いつのまにか、小さな額がかかっていた。中には、よれて、にじんで、端の一行だけが読める、古い文。
『かあさま、たっしゃで』
「お守りだよ」と、婆さまは言った。「ぜんぶ読める文よりも、ようく効くんだ。ふしぎだろう」
トワとセツナは、塩むすびをひとつずつもらって、店先の縁台で、ならんで食べた。塩が、ちょうどよかった。
夕方、クオンが、めずらしく上機嫌で言った。
「——今夜は、里の仲間も呼んで、宴会じゃ!」
トワの耳が、ぴんと立った。「さとの、なかま!?」
まっさきに来たのは、猫又だった。背負いかごいっぱいの川魚をどさりと土間へおろして、わがもの顔で囲炉裏の上座にすわる。
「だれが上座をゆずったのじゃ」
クオンは眉をよせたが、そう言いながら、いつもよりたくさんの椀を、棚からおろしていた。
戸口から、つぎつぎと、影が入ってくる。
緑の忍装束に身をつつんだ、若い柴犬の忍。尻尾をぶんぶん振りながら「いやー、お久しぶりっす!」と土間に飛びこんできて、さっそく猫又と魚を取り合いはじめた。
そのうしろから、黒い着物に紅葉を散らした女が、しずかに入ってくる。手には、三味線。ことばはすくない。けれど、すっと座って一弦を鳴らすと、その音だけで、囲炉裏端が、ふっと宴の色に染まった。
最後に、戸口の闇から、ぬっと大きな笠があらわれた。笠には、朱で「忍」の一字。その下から、口に葉っぱをくわえた切れ長の目の少年が、けだるそうに「……邪魔するぜ」とだけ言って、壁ぎわにもたれた。に風来のいでたちで、風のような男だった。
クオンが、相好をくずした。
「みな、わしの古い知り合いでな。気のいい連中じゃ。——食え、呑め、騒こう!今夜くらいは、な」
宴になった。
三味線が鳴り、柴がそれにあわせて妙な踊りを踊り、猫又が手拍子を入れ、トワが笑いすぎて呼吸がおかしくなった。
猫又は寝ころんで、二匹に里の昔話をした。クオンがどれだけ昔から「じじむさかった」か、という話で、トワはまた呼吸がおかしくなった。
(女の三味線にあわせて、いつのまにか、焼き魚のいちばんいいところが、するりとセツナの皿に移っていた。だれがやったのかは、わからない。みな、気づいて、気づかないふりをしていた。)
クオンは、末席で茶をすすりながら、その輪のまんなかで笑うトワと、すこし離れて音を聴くセツナを、ずっと、見ていた。
夜が深まると、宴の音は、すこしずつ、しずかになっていった。
三味線の女が、それまでの賑やかな調子をやめて、ゆっくりとした、しみるような一節を弾きはじめた。火の粉が、その音にあわせて、ふわり、ふわりと立ちのぼる。
「——クオン様。一節、いかがです」
女が、めずらしく、口をひらいた。
クオンは、団子の串をくわえたまま、しばらく、めんどうくさそうにしていたが——やがて、ふっと、目を閉じた。
そして、歌った。
トワもセツナも、はじめて聞く声だった。低くて、しずかで、どこか、とても遠くからひびいてくるような——
「……これはな。ちいさな、ふたつの魂の、むかしばなし——」
歌詞の意味は、わからなかった。だれの話なのかも。
ただ、トワは、なぜだか目のおくが熱くなって、あわてて団子を口に押しこんだ。セツナは、その一節を胸の帳面に書きとめようとして——どういうわけか、手が、うまく動かなかった。
歌は、みじかかった。女が弦をおさめると、囲炉裏端は、しんと、やさしい静けさに沈んだ。
「……なんの歌ニャ、それ」と、トワが聞いた。
「さあ。わすれたわ」
クオンは、団子の最後のひとつを、ぽいと口にほうって、とぼけた。
夜がふけて、里の仲間たちが、一人また一人と帰っていき、セツナが先に湯をつかいにいって——縁側には、トワとクオンだけが残った。
虫が、鳴いていた。
「ねえ、クオン」
トワは、クオンのマフラーの端を、ちょいちょいと前足でつついた。
「『いつか』って——いつニャ?」
いつものおねだりの、いつものかたちだった。いつものように「ニャハハ、まだじゃ」とかわされて、いつものように「むー!」と言うはずだった。
けれどクオンは、すぐには答えなかった。
虫の音が、ひとまわりするくらいの間をおいて、クオンは、夜空でも庭でもない、どこかを見ながら言った。
「……そう遠くない、のじゃろうなあ」
「! やったニャ! 約束だニャ! ぜったいだニャ!」
トワは、縁側でふた回転した。大よろこびのまま、湯あがりのセツナに自慢しにすっ飛んでいった。
あとに残ったクオンが、どんな目をしていたか。
トワは、見ていない。
*
その夜ふけ。
ならんだ布団で、トワの寝息が——とき、どき、途切れた。
すう、すう、すう。……。すう、すう。
息と息のあいだに、薄い、まっしろな「無」がはさまる。一拍。ときどき、二拍。
セツナは、暗がりの中で目をあけたまま、それを数えていた。
ふすまの向こうの囲炉裏ばたで、クオンも、起きていた。
だれも、なにも言わなかった。
虫だけが、鳴いていた。
つづく…
トワとセツナがAI開発やツールなどについて話すAI開発ラボや、トワニュースなどAI×キャラクターのコンテンツを投稿しています
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リツさん!スゴい読み応えですにゃ😆🌟
不思議が不思議に重なりあって…🌀🐱🐱
もう第三部までもう出ちゃってるのですねっ!
遅れてしまいました🤣!!
二部の世界に浸ってから、また後ほど読ませていただきますっ☺️✨